2020年06月03日 あの鳥達のさえずりも、間もなく断末魔に変わります。

 町中に響くその鳴き声は美しい。しかし本当に美しいのは、透き通った青白い羽根である。人前には滅多と姿を表さないが、もし見つけたら何か幸運でもあるという。綺麗な鳥の鳴き声だけが聞こえる、どこかの町でのことでした。
 ある小学校において、奇妙なことを訴える生徒が現れるようになりました。あの鳥達が何を話しているか分かるというのです。
 最初は先生達も、子供はたまにそういうロマンチックで空想的なことを言うものだと、むしろ愛らしく受け止めて気にかけませんでした。それでもあまりに同じことを言う子供があまりに多いので、それだけ少し不気味に思っていました。
 しばらくすると子供達は人間の言葉を話さなくなりました。代わりに喉から出る音は、フルートのようなあの綺麗な鳥の鳴き声そっくりなのでした。先生達はイタズラの度が過ぎていると生徒達を叱りましたが、すぐにやめました。どうも叱られる生徒達の困惑した反応を見るに、こちらが何を言っているのか、おふざけではなく本当に理解出来ていない様子なのです。代わりに生徒達は顔を見合せ、鳥の鳴き声のようなものをお互いに発しあっています。まるで鳥の言葉しか話せなくなったのだろうかという有様でした。
 親達も狼狽しましたが、精神病院に連れて行ってもこんな例は見たことがないと匙を投げられるばかりでした。精密検査を受けさせても脳に何の異常もないのでした。
 しかしあれこれ手をこまねいている内に、特に問題はなくなりました。生徒達は以前のように話すようになったのです。症状はとても一過性のようでした。親も子供も先生もあんな奇妙なことは忘れて、集団ヒステリーでも罹っていただろうかと一連のことは忘れてしまいました。
 一つだけ変わったことがあるとすれば、その学校の誰もが以前より鳥の声をよく聞くようになったことでしょうか。この町にはこんなにもたくさんの綺麗な鳴き声があったのに、社会の喧騒に追われて今までずっと気にかけてもいなかったのかと、大人達は少し反省しました。
 しかし不思議なことに、だんだんと鳥達の囀りは聞こえなくなっていきました。町の人達はみんな、珍しい鳥だから絶滅でもしたのだろうかと不安がっていました。
 そんな折のことでした。
 その小さな町は、突然軍隊に包囲されました。とても、とても奇妙な軍隊でした。
 誰もがガスマスクをつけていて、とりわけ、耳の部分になにか特殊な機械をつけているのでした。
 銃を持った兵隊に囲まれ、これは一体どういうことかと訪ねようとした男の人は、少し口を開いた瞬間に一瞬で撃ち殺されました。町はすぐにパニックになりました。
 1人、また1人と、次々に住民は撃ち殺されていきました。せめてもの安全を求めて、誰もが学校に避難しました。
 一体これはなんなんだと、誰かが学校の中から叫びました。しかし兵隊さん達は聞く素振りもなく、何か波形のようなものが映った緑色のモニタをじっと見ていました。
 暫くして、何か諦めた様子で、偉い人が悲しそうに首を縦に振りました。すると武装した兵隊さんたちは一気に学校へと突入していき、人を見つけては撃ち殺して行きました。
 弾丸が一度放たれる度に、銃には似つかわしくない美しいフルートのような音が血飛沫とともに舞い上がりました。
 
 やがて町からなんの音もしなくなると、青白い翼をはためかせ、何かの群れがケラケラと笑いながらどこかへと飛び立っていきました。